新横浜ラーメン博物館
通信販売 ラー博メールマガジン会員 交通案内 観光案内 よくある質問 団体ご利用案内 サイトマップ ご意見・お問い合わせ
最新情報・お知らせ ご利用案内 施設案内 イベント案内 ラーメン知識学 商品情報 会社概要 プライバシーポリシー アルバイト・社員募集

DISCOVER 郷土ラーメン|03 地域別郷土ラーメンMAP|旭川ラーメン

DISCOVER 郷土ラーメンロゴ

  03 地域別郷土ラーメン

旭川ラーメン|旭川市のご紹介

今や、旭山動物園で有名な旭川市。
昔から豊富な北海道の食材が混ざり合う、物流の
重要な拠点として発展してきました。

北海道地図 旭川市
 
旭山動物園,買い物公園,旭川冬まつり,雪の美術館

旭川の歴史

 
明治2年 蝦夷地を北海道と改称、上川を石狩国上川郡とする。
明治23年 上川郡に旭川・神居・永山の三村を置く。
明治24年 永山村に屯田兵入地(翌年、旭川村(現東旭川地区)に入地)。
明治31年 上川線滝川・旭川間鉄道開通。
明治33年 旭川村を旭川町と改称。
明治34年 第七師団司令部、札幌より移転。
明治35年 氷点下41.0度を記録(国内最低気温)。旭川町に一級町村制施行。
明治37年 初代旭橋完成。
明治40年 旭川・釧路間鉄道全通。
大正3年 旭川町に区制施行。
大正11年 市制施行。
大正12年 北海道旭川師範学校(現北海道教育大学旭川校)開校。
昭和7年 石北線全通。現旭橋完成。
昭和8年 旭川放送局本放送開始。
昭和25年 北海道開発大博覧会開催。
昭和30年 神居村・江丹別村合併。
昭和33年 現市庁舎完成。
昭和35年 第1回旭川冬まつり開催(以後毎年開催)。現旭川駅完成。市民憲章制定。
昭和36年 永山町合併。
昭和37年 第1回旭川夏まつり開催。アメリカ、ブルーミントン市と姉妹都市提携。
昭和38年 東旭川町合併。
昭和41年 旭川空港開港、東京便就航。
昭和42年 蝦夷地を北海道と改称、上川を石狩国上川郡とする。
明治2年 旭山動物園開園。ソ連邦(現ロシア)、ユジノ・サハリンスク市との友好都市提携。
昭和43年 神楽町合併。
昭和46年 東鷹栖町合併。
昭和51年 「ナナカマド」と「ツツジ」を市民の木、花に制定。
昭和53年 「キレンジャク」と「カンタン」を市民の鳥、虫に制定。
平成元年 韓国、水原市と姉妹都市提携。
平成7年 中国、哈爾濱市と友好都市提携。
平成12年 道央自動車道、旭川鷹栖〜和寒間開通。
平成16年 旭山動物園の7月と8月の月間入園者数が日本一に

北海道の屋根大雪山に育まれた旭川の魅力

面積:747.60km2 人口:358,795人 郷土料理:江丹別そば・行者ニンニクの三升漬

 

旭川市のある上川地方には2万年前頃から人の生活が始まっています。14世紀前後にアイヌ文化が形成されましたが、上川もその文化の担い手であるアイヌの人たちの世界でした。18世紀になって、北海道の重要性に注目した当時の徳川幕府は、この地に多くの探検家を送り込みました。明治2年に北海道を統括する開拓使が設けられ、蝦夷地を北海道と改称して、11国86郡の行政区画が設定され、上川盆地一体は石狩国上川郡となります。「旭川」という地名は開村の告示で村名として登場したのが最初です。地名の由来については、忠別川のアイヌ語で「チュプ・ペッ」を語源にしている説がよく知られています。「チュプ」は「日」の、「ペッ」は「川」の意味で、「日」を「旭」に置き換えて「旭川」と意訳して名付けたと言われていますが、諸説があって定かではありません。旭川市は、明治23年9月20日に上川郡に初めて旭川村、永山村、神居村の3村が置かれ、明治24年から開発の尖兵として屯田兵が入植し、旭川は上川の中心として開拓が進められました。明治31年には鉄道が開通、明治33年には旭川村から旭川町に改称され、札幌から第7師団が移駐するなど、

産業・経済の基盤が成立し、道北の要としての使命を担ってきました。さらに先人たちの偉大な努力により大正11年8月市制施行、昭和30年から近隣町村との合併が進み、昭和45年に人口30万人、昭和58年には人口36万人を超え、北海道では札幌に次ぐ第2の都市となっています。

旭川の気象

 

 

 
ページのトップへ
このサイトをご覧になるには最新の Macromedia FlashPlayer が必要です。
 Copyright (C) 2006 SHINYOKOHAMA RAUMEN MUSEUM Corporation. All rights reserved.