新横浜ラーメン博物館
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◆なんで牛乳屋さんなのにラーメン屋さん?

年号が大正から昭和へと移りゆく時代。会津鉄道芦ノ牧温泉駅(旧:国鉄上三寄駅)に鉄道が開通することになり、馬車宿を営んでいた井上幸美じいちゃんとキヨノばあちゃん(初代)が2人で駅前に「牛乳屋」さんをはじめました。鉄道の開通に伴い、駅には人々が集っていたことから、初代となるキヨノばあちゃんが、当時隣に住んでいた中国人から本場の「支那そば」の技術を学び、ラーメン屋さんを開いたのが牛乳屋食堂のはじまりです。以来、「元祖支那そば会津ラーメン」の味を引き継いでいます。そして、80余年会津の地で守り続けた味で、ラー博に初の支店をオープンします。

◆女性だけで四代にわたり受け継がれて八〇余年

昭和初期に創業して80余年。数多くあるラーメン店の中でもこれほど歴史があるお店は決して多くはありません。しかも、驚くことにこれほど長い間、女性だけで四代に渡り「牛乳屋食堂」を引き継いでいるのです。

      

       

 
             福島県会津若松市大戸町上三寄香塩343
会津鉄道芦ノ牧温泉駅からすぐ
TEL.0242-92-2512 FAX.0242-92-2006
11:00〜15:00/17:00〜20:00/水曜定休





私は会津の出身なので「会津のラーメン」が新横浜ラーメン博物館に出店することは大変感慨深いことです。思えば1994年創館時にも「喜多方ラーメン」が出店しており、「会津のラーメン」としては2軒目になります。これもまたラーメン処としては胸を張れます。さて会津のラーメンは豚骨・鶏ガラなどと魚介+野菜などでスープを取っています。「喜多方ラーメン」と「会津ラーメン」は結構似ていますが「会津」の方が鶏の割合がやや多めで優しい味わいだと思います。あっさり軽めですが、じっくり煮出したスープなので後を引く味です。「牛乳屋食堂」は会津の代表的な店ですが、私が会津に居た頃は、今ほど情報が豊富じゃなかったので、残念ながら出会っていませんでした。インターネットが普及してから初めて知って食べに行ったのです。その時の感想は「懐かしさと共にスープが身体に染み渡る感じ。極太でありながらもっちりした麺は独特で他の地方にはありそうで無い。」コレクター的性格の私なので一度食べた店には、あまり再訪しないのですが、「牛乳屋食堂」は違いました。何度か足を運び、美味しくてその都度うなりました。そして東京のラーメン好きに紹介し、車を走らせ一緒に行ったりもしました。そんな思い出深い店が全国の数あるラーメン店から選ばれたことは、心から嬉しく喜ばしいです。ぜひ、多くの人に食べていただきたいと思います。そして会津にも足を運んでください。




          

 磐梯山や猪苗代湖などの豊かな自然や若松城(鶴ヶ城)や飯盛山をはじめとした長い歴史と伝統に育まれてきた町

●会津若松市の歴史

会津若松市は福島県の西部にあり、会津地方の中心地として昔から栄えてきました。葦名氏が長い間会津全域を支配していましたが、戦国時代末期には伊達政宗が会津に入り、その後、豊臣秀吉の名を受け蒲生氏郷が会津を治めることになりました。氏郷は黒川といわれた地名を若松と改め、城と城下の大改修を行いました。会津若松の町づくりや漆器、お酒といった伝統産業は氏郷の時代に整備されたのです。蒲生のあと、上杉、加藤の時代を経て、徳川三代将軍家光の異母兄弟、保科正之が会津松平藩を作りました。その後、松平時代はおよそ200年続きましたが、1868年の戊辰戦争で薩摩、長州といった西軍に敗れました。このときの白虎隊の少年たちの物語はあまりにも有名です。明治以降、会津若松市は復興し、現在、人口13万人の都市になりました。今でも市内のいたるところで古い歴史や文化に触れることが出来ます。


●会津若松市の産業

会津若松市の産業は、現在NHKにて放映をされている「天地人」の直江兼続が活躍をした時代からの歴史と伝統を持つ「会津漆器」や「会津清酒」といった地場産業が盛んなことに加え、昭和42年に富士通が立地して以降、半導体関連企業をはじめとした電子精密機械産業が発達し、さらには、コンピュータサイエンスを専門に調査・研究する大学として平成5年に開学をした「会津大学」との連携によって、会津大学発のITベンチャー企業が平成20年までに40社が創業するなど、歴史と最先端産業が調和した珍しいまちです!また、最近では、会津ラーメンのほか、「会津米」や「会津みしらず柿」、「会津ミネラルトマト」、「会津地鶏」など豊富な農業資源を活用した食品産業を中心としたブランド化にも積極的に取り組んでいます。あっと驚くような商品も考案中ですので、今後、こうした会津の食品にもご注目ください。


●会津若松市の観光

会津若松市は、白虎隊や戊辰戦争に象徴される「若松城(鶴ヶ城)」や「飯盛山」など多くの史跡や名勝が残っており、歴史を肌で感じられ、また会津ゆかりの偉人たちの足跡をたどる旅をお楽しみ頂けます。また、歴史的建造物が多く、漆器や清酒、お菓子など伝統産業のお店が軒を連ね、古いまちなみが残っています。伝統産業の体験をし、郷土食を食べ、資料館や博物館を見学して、歩いて楽しめるのも魅力です。その他、情緒溢れる「東山温泉」や「芦ノ牧温泉」など東北地方を代表とする温泉、明峰磐梯山や紺碧の猪苗代湖などの豊かな自然にも恵まれ、春夏秋冬、四季折々の彩りを見せます。この地に住む会津人の性格を表す『会津の三泣き』という言葉があります。「会津に来たときはその閉鎖的な人間関係に泣き、なじんでくると人情の深さに泣き、去るときは会津人の人情が忘れ難く泣く」というもので、会津人の気質がよく表されています。会津に来られると、はじめはとっつきにくい印象を会津の人に対してお持ちになるかもしれませんが、接していくうちにあたたかさに感じることができるはずです。会津若松市にお越し頂き、会津の美しい街、美しい心に触れてみませんか?

 


    

会津若松市は、いにしえより東北地方の要衝として発展してきた歴史、伝統、文化そして磐梯山や猪苗代湖などの豊かな自然に恵まれた国内有数の観光都市であります。現在、会津地域17全市町村が一丸となって「〜あったんです。まだ、極上の日本が・・・」を合言葉に観光会津のさらなる飛躍を目指して「会津の食」「仏都会津」をテーマとする観光キャンペーンを展開しております。そして、会津地域においては、古くからラーメンとかつ丼は広く庶民の味として親しまれ、地域に根ざした食文化の代表格として発展してまいりました。現在では、市内の至る所に店舗が点在しており、お互いに味を競い合っております。休日には、市民はもちろん多くの観光客が観光マップを片手に城下町を観光しながら食べ歩きしている姿が見られます。このたび、味はもちろんおもてなしのサービスで地元でも大変人気のある牛乳屋食堂が新横浜ラーメン博物館に出店されますことはとても喜ばしいことであり、本市の誇りであります。会津の豊かな自然や歴史が育んだラーメンとかつ丼を一度に味わうことができるのが牛乳屋食堂の最大の魅力です。どうか、より多くの方に会津が誇る食文化を堪能していただきたいと思います。そして、ぜひ、会津にもお越しください。おもてなしの心で皆様を歓迎いたします。


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