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GOTOUCHI RAUMEN 全国ご当地ラーメン

高山ラーメン

概要

人口:6.5万人/軒数:27軒

飛騨高山で「そば」と言えば中華そばをさし、年越しそばにもラーメンを食べる程のラーメン好きの街。ご当地ラーメンには珍しく、戦前からの古い歴史がある。鰹ダシなどの和風スープに醤油を直接入れて味をつけたスープと、細麺の組み合わせは確かに日本そばを連想させる。濃い色の割りにまろやかな味は、飛騨高山の水質のたまものとか。

切り歯 加水率(%) 一玉の分量(g) 形状 断面
20 約30 100~110 ちぢれ
スープ 鶏ガラをメインに煮干し、鰹節等の和風ダシ、更に野菜などで取る澄んだスープ。一般的には丼にタレを入れてスープで割るが、飛騨高山では寸胴で取ったスープに直接醤油やみりんを入れて味をつける。これは全国的にも珍しい手法。
ネギ、チャーシュー、メンマのシンプルな物。

地元の主な店:豆天狗、まさご、やよいそば、角や、甚五郎
首都圏の店 :ー
ラー博出店 :やよいそば

詳細

古い街並みに100軒も

相性抜群の飛騨ネギ

 飛騨高山で「そば」と注文すると「中華そば」が出される。いわゆる「蕎麦」を頼む場合は「生そば」または「日本そば」などと云わなければならない。年越しそばも「中華そば」を食べるほど生活に根付いている。

 ラーメンというネーミングを使う店はほとんどない。古い街並みの中に同化した店構えに「中華そば」ののれんが下がる。軒先からはプーンと鰹節の香りが漂う。知らない人は、蕎麦屋としか思わないだろう。

 高山は蕎麦の歴史も古い。しかし、店舗の数は中華そば店の法が圧倒的に多く、地元の人も中華そばを常食する。

 麺は100gくらいで量的には少ない。その上どの店も「お子さまラーメン」というメニューがある。高山の人はおやつ代わりにラーメンを食べる。さながら、関西の「たこ焼き」のような存在である。

スープと麺の一体感が絶妙

 飛騨高山の中華そばは醤油味しかない。寸胴の中に醤油ダレを直接入れて煮るため、醤油味しか作り得ない。濃い醤油色をしたスープは脂分が少なく、鶏ガラに節物を加えた和風仕立て。

 麺は平打ちで細く、縮れが強い。28~32%という低加水の細麺を、ここまで縮らせるのは珍しい。縮れているためスープがよく絡み、水分が少ないためスープをしみこませる。スープと麺との一体感が、脂分の少ないスープを物足りなく感じさせない。

 そしてチャーシューにはどの店もバラ肉を使う。バラ肉が、さっぱりとしたスープの脂分を補っている。具はチャーシュー、メンマ、刻みネギと、極めてシンプル。しかし、飛騨ネギは甘味が強く、濃い醤油の味を引き立てる。値を土に埋め、白い部分の長い根深ネギだ。

 霜の降りる頃からが飛騨ネギの旬であり、中華そばの旬。秋祭りも終わると高山の観光シーズンも終わるが、雪深き冬場に飛騨高山を訪れる者は、よほどの「ラーメン通」である。

煮込む醤油だれが"坂口流"

 昭和13年、当時の花街を引いて歩く屋台があった。屋台を引く坂口時宗氏は、昼は高級料亭の金亀館で腕を振るう一流の板前であった。坂口氏は、東京は芝浦にあった雅叙園で修行をしている時、中国人の作る麺料理を見て、見よう見まねで中華麺の打ち方を覚えたという。

 「若い頃は東京で支那そばを食べるのが楽しみであった」と語る。坂口氏は今も健在。屋台時代からの屋号を引き継ぐ「まさごそば」は二代目に任せているが、麺打ち場には今も顔を出している。

 京文化の影響を色濃く受ける高山の蕎麦やうどんは関西風。しかし、中華そばは関東風である。もちろん、元祖の坂口氏が東京で修行したからだが、高山が江戸幕府の天領となり、醤油文化が発達したという土壌は見逃せない。

 「高山じゃ、辛く(醤油が濃く)なきゃだめやなぁ」という土地柄が醤油味の中華そばとマッチしたのである。

 海軍の兵長として厨房を任されていた坂口氏は復員後、高山で店舗を構えた。当時はもっと脂っこかったものを、お客の舌に合わせて徐々にサッパリさせていったという。醤油ダレを寸胴で煮込む手法も坂口流。このやり方、この味が戦後高山中に広がって、現在のようなラーメン処へと成長する。

 首都圏にはまだ進出していないが、名古屋では高山の味がすでに人気を呼んでいる。坂口氏が創り育てた飛騨の味。中華そばの歴史は人の歴史でもある。

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