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ラーメン知識学

Knowledgh of Raumen

日本のラーメンの歴史

ラーメン夜明け前

1665年: 水戸光圀が、日本人として初めて中華麺を食べる。儒学者朱舜水が、光圀の接待に対して自分の国の汁そばをふるまった。ただし、この中華麺が広く庶民にまで広まる事はなかった。

ラーメン黎明期

1872年: 明治維新により開国された港町に中国人街が出現。横浜南京街に数軒の中華料理店が営業開始。
1884年: 函館「養和軒」にて「南京そば」というメニューがあった。函館新聞に広告が載せられた物で、日本で最初に、正式に中華麺が宣伝された可能性がある。ただし、この「南京そば」が、現在のラーメンにつながる汁そばであるかどうかは不詳である。
明治中期: 横浜の南京街(中華街)で、南京そばの屋台が引かれ始める。この前後に相次ぎ本格中華料理店が続々と開店する。
1905年: 長崎『四海楼』の陳平順氏が長崎ちゃんぽんを考案
1910年: 浅草「来々軒」が創業。屋台ではなく、店舗を構えたラーメン専門店としては、日本初のお店である。当時は絶大な人気を博したようだが、残念ながら既に閉店している。
1916年: 佐野「宝来軒」営業開始
1923年: 札幌「竹家食堂」営業開始。札幌ラーメンの元祖だが、現在のような濃厚な味噌ラーメンではなく、比較的あっさり目の醤油ラーメンがメインだった。現在は、その味を受け継ぐ「竹家」が、神戸市にて営業中。
1923年: 初めて日本人が経営するカン水業者が横浜と東京・深川に開業
1925年: 喜多方で最初のラーメン店「源来軒」営業開始
1932年: 大阪・梅田の阪急デパートに支那食堂が登場
1935年: 宮城・仙台『龍亭』が涼拌麺(冷やし中華の原型)を発売
1937年: 九州最初のラーメン店「南京千両」が営業開始。営業開始以来、現在まで屋台での営業である。
1937年: 東京・錦糸町に難波二三夫氏が屋台『貧乏軒』(後の『ホープ軒本舗』)開業

この前後から戦争に至るまで、銀座「萬福」京都「新福菜館」、飛騨高山「まさご」などが続々と営業開始。歴史が古めのご当地の元祖にあたるラーメン店は、昭和前半に多く開店している。

ラーメン定着期

戦後、中国からの引揚者によるラーメンの屋台が全国に出現した。中国で多くの人がラーメンの製法を覚えてきたのに加え、安い材料で美味しく栄養満点のラーメンは、戦後の物資が乏しい時代に、まさにピッタリの食べ物であった。

1940年: 和歌山「丸高」が屋台で営業開始。
1947年: 尾道「朱華園」営業開始。
  久留米「三九」で、白濁した豚骨スープを出し始める。「南京千両」はさらりとした豚骨スープだったが、「三九」のスープは現在の九州ラーメンの源流になる物。博多、熊本などを始め、九州全域に大きな影響を与えている。
1946年: 愛知・名古屋『寿がきや』開業
1947年: 荻窪「漢珍亭」営業開始。
1947年: 北海道・旭川に旭川ラーメンの『蜂屋』『青葉』開業
1948年: 東京・荻窪『丸長』開業
1949年: 福島・喜多方『まこと食堂』開業
1949年: 東京・荻窪『春木屋』開業 ラーメン処荻窪の基礎が出来上がる。
1950年: 札幌『味の三平』開業
1955年: 味噌ラーメン開発と同じ年に、中野「大勝軒」にて、山岸一雄氏がつけ麺を開発。その後、東池袋大勝軒で「もりそば」と言う名で大ヒットし、その後数十年にも渡って行列を維持している。

ラーメン発展期

1958年: 初のインスタントラーメン「日清チキンラーメン」発売。「支那そば」→「中華そば」と言われていたラーメンの、「ラーメン」という呼称が全国的に広まった。
1958年: 東京・武蔵境の『珍珍亭』が油そばを考案
1959年: 福岡でマルタイが「チキン味棒ラーメン」を発売
1961年: 札幌「味の三平」にて、大宮守人氏が味噌ラーメンを開発。札幌ラーメンの方向性を決定づけただけではなく、後の札幌味噌ラーメンブームを引き起こし、ラーメンの多様性を世に知らしめた功績は、あまりにも偉大だ。
1961年: 東京・東池袋に山岸一雄氏『大勝軒』開業
1963年: エースコックのワンタンメン発売
1964年: 札幌『華平』の川西寛明氏がラーメンにバターを入れることを考案
1965年: 高島屋物産展で味噌ラーメンの実演販売実施。三年後にはサンヨー食品から「サッポロ一番味噌ラーメン」が発売され、味噌ラーメンの大ブームがまきおこった。
1966年: サッポロ一番(醤油と塩)発売
1966年: 明星チャルメラ発売
1968年: 日清『出前一丁』発売
1968年: サンヨー食品がサッポロ一番の味噌味を発売
1969年: インスタントラーメンにノンフライ麺が登場
1971年: 日清食品からカップヌードル発売。このエポックメイキングな発明は、日清食品会長の安藤百福氏による。安藤氏はチキンラーメンも発明していて、まさにインスタントラーメンの父と言える。
1971年: 京都・銀閣寺近くで屋台の『天下一品』開業
1974年: 横浜「吉村家」営業開始。ご当地ラーメンと言えるだけの普及を果たした、おそらくは今のところ最後に成立したラーメンスタイル。元々横浜では、中華街の流れを汲む醤油ラーメン、タンメン、サンマーメンなどが主流だったが、たったの20年程で吉村家出身の「家系」店舗群が大きく勢力を伸ばしてきた。今や関東各地は言うに及ばず、北海道、仙台、新潟など、全国各地にその系統を延ばしつつある。
1980年: 東京・杉並に「げんこつ屋」開業

1980年頃から関東を端緒に「豚骨ラーメンブーム」が起こる。「なんでんかんでん」「九州じゃんがららぁめん」等の人気店の出現も大きいが、食生活の西欧化など、特に若者を中心とした嗜好の変化が最大の原因ではないだろうか。これをキッカケに、いわゆる「こってりラーメン」が人気を博し始めている。
1985年: 福岡・博多に「一風堂」開業
1986年: 神奈川県藤沢市に「支那そばや」開業
1989年: カップ麺が袋麺の生産を上回る
1992年: 日清「ラ王」発売。インスタントラーメン、カップ麺に続く第三のエポックメイキングの「生タイプ麺」は、ここからヒットした。この三年前には、生産量で袋入り麺をカップ麺が抜き去っている。
1994年: 新横浜ラーメン博物館開館

ラーメン多様化期

1996年: 青山「麺屋武蔵」、中野「香門」「青葉」、横浜「くじら軒」など、その後業界をリードしていく個性店、個性的なご主人がこの前後に相次いで登場している。豚骨・コッテリブームに対する反動とも取れるが、この時期から現在に至るラーメンの進化の兆しが見え始めた。
1998年: 旭川ラーメンが話題に。その後和歌山、徳島などの話題性を含め、全国各地のご当地ラーメンに注目が集まった。大きな波になった地域以外でも、久留米、尾道、函館など、各地の認知度が上がり始める。
2000年: 1996年に続き、埼玉「ぜんや」、大和「中村屋」など、ご当人ラーメンの第二期ラッシュ。多様化に加えて、明らかにレベルアップ指向のお店、職人が増えて来た。同時に、塩ラーメンが脚光を浴びる。味噌ラーメンブームのような、あらゆるお店がメニューに加えるような爆発的ブームではないが、レベルの高いお店の「切り札」的な存在として認知されたと言える。塩は調味料自体の風味や旨味が無い分、スープをピュアに味わえる。「ご当人」への注目と連動し、良い食材、工夫を重ねた製法を、もっともストレートに表現する手段として「まずは醤油(または味噌)、でもいずれは塩も」のような、敷居が一段高いラーメンだと認識されるようになった。
またつけ麺に魚粉を取り入れた頑者(埼玉・川越)もこの年にオープン。
2001年: カップ麺にお店の屋号をつけた商品が続々と発売され始める
2001年: 内装を凝ったラーメン店が注目を浴びる
2002年: 首都圏を中心に魚介Wスープが人気となる
2002年: 「大勝軒」「二郎」の暖簾分けの店が続々と出店
2002年: 全国的にラーメンをテーマとした施設が続々とオープンする
2003年: ラーメンダイニングの発生
2005年: 鶏白湯ラーメンがブームとなる。
2007年: 汁なしラーメン(和え麺)ブーム
東池袋大勝軒閉店(2008年再開)つけ麺が全国的に認知されるきっかけとなる。
2008年: 濃厚魚介つけ麺がブームとなる。
2009年: ドロ系ラーメンがブームとなる。
2010年: 淡麗系ラーメンがブームとなる。