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全国ご当地ラーメン

Gotouchi Raumen

函館ラーメン

概要

人口:29.7万人/軒数:185軒

函館でラーメンと言えば塩ラーメンの事を指す。透明で澄んだスープと縮れの少ない麺は、中国から伝わった原型から大きな変化をしていないようだ。早くから開かれた港町であり、ラーメンの伝来も日本で一、二を争う早さであった。北海道のラーメンは、寒さに対抗する為脂が多めのこってりした味わいが多いが、函館は道内としては温暖な気候の為か、すっきりしたラーメンが主流である。

切り歯 加水率(%) 一玉の分量(g) 形状 断面
22~24 40 130~150前後 ストレート/ちぢれ
スープ 澄んだ塩味が主流。豚骨、鶏ガラが多く、魚介を使う店は少ない。味噌や醤油もラインナップはされている。
ネギ、チャーシュー、メンマなどのオーソドックスな物。チャーシューはモモが多い。

地元の主な店:鳳来軒、鳳蘭、味彩、松楽
首都圏の店 :めん幸
ラー博出店 :マメさん

詳細

メーンは塩ラーメン。あっさり派の最右翼
北海道三大ラーメンの一角

 北海道の三大都市、札幌、旭川、函館。いずれも日本を代表するラーメン処である。しかし、メーンとするラーメンはそれぞれ違う。

 味噌ラーメン発祥地札幌は、味噌ラーメンにカを入れている店が多い。旭川は、海の幸をふんだんに使った表面に油膜が張るほどの濃厚な醤油味が主流。そして函館のメーンは塩ラーメン。メニューの一番上も塩ラーメン。「ラーメン」と注文すると塩ラーメンが出されるほど、塩ラーメンの文化が根付いている。

 ご当地ラーメン数あれど、塩ラーメンを売り物にしているのは函館ラーメンだけである。透明度の高いスープに中細のストレート麺が泳ぐ。具もシンプルに、チャーシュー、メンマ、刻みネギと、いったクラシックなスタイルが函館ラーメンの特徴。全国数あるご当地ラーメンの中でも、あっさり派の最右翼である。

豚骨の弱火だき。繊細な味が売り

 だしの取り方を見ると、鶏を使う店もあるが、豚骨を使う店が主流。スープは麺がなければ丼の底が見えるのではないかと思うほど澄んでいる。脂分も極めて少なく、さっぱりとしている。

 豚骨というと乳白色に濁ったスープが連想されるが、それは火加減による。強火でたき出せば骨の髄からゼラチンなどが溶け出し、スープは濁る。しかし、同じ豚骨を使っても弱火で沸騰させないようにすればスープは濁らない。かえって鶏よりも臭みは少なく、あっさりとしたスープが取れる。

 函館のラーメンは後者の手法で、繊細な味わいを売りとする。そのため、香りの強い海産物のだしも使用しない。函館は昆布の産地として知られるが、昆布を使う店もほとんどない。その理由は、函館ラーメンが、中国の麺料理の流れをそのまま引き継いでいるからだと准測される。

中国スタイルそのまま温存

 1854年(安改元年)の開港を磯に、欧米をはじめとする異国文化との交流が始まる。今も元町かいわいはエキゾチックな趣で、ハリストス教会、元町カトリック教会、聖ヨハネ教会など、異国情緒の建物が随所に見られる。中国文化もまたしかり。

 開港後、中国領事館ができ、中国料理店も街に見られるようになった。明治の中期に横浜南京街(現在の中華街)で引かれた屋台で出されていた「南京そば」がラーメンの黎明。明治43年に浅草の来々軒で「支那そば」として売り出されたのが店舗としては草分けとされている。ところが明治17年の函館新聞に「南京そば15銭」という広告を発見。陳南養という中国人のコックが洋食店の「養和軒」の中で、中華料理もメニューに加えたという内容であった。現在の所これが、スープ麺なのか焼きそばのようなものなのかは定かではない。しかし、明治32年前後にオープンした東京「維新号」、神戸「神海楼」、長崎「四海楼」、横浜「博雅亭」などよりも先駆けて函館には中華料理が存在したのは確かな事実である。函館のしにせである岡田製麺では、大正時代から中華麺の製造を行っていたという。

 中国の麺料理は、基本的にスープは塩味。醤油だれを使ったり、だしに昆布や鰹節などの海産物を加えることはしない。そして麺はストレートで、縮らせる習慣はない。

 つまり、函館ラーメンは、中国から伝わった麺が、チャーシューやメンマをのせるという以外、日本式のスタイルをとらず、ほとんど進化しないまま、ラーメンという呼び名に変わっていったものと考えられる。

 函館にはラーメン専門店は非常に少なく、中華料理店が多い。看板にラーメンと掲げてある店でも、そのほとんどは中華料理のメニューがある。北海道では、函館だけでなく、海周りのエリアは、塩ラーメンを主力とするところが多い。札幌も戦前は塩ラーメンが主力であった。

 表面にラードを加え、熱を冷めづらくした旭川ラーメン、野菜とスープを中華鍋で炒めて麺の上に注ぐ札幌ラーメンなどは、厳寒地の知恵が生んだ生活の知恵であり、戦後に生まれたものである。今や札幌ラーメンや旭川ラーメンは認知度の高いラーメンどころとなっているが、その形態のルーツは、函館塩ラーメンのようなスタイルであったのかもしれない。