新横浜ラーメン博物館
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今や誰もが知っている「とんこつラーメン」も20年前、九州を除く地域ではあまり知られていない存在でありました。その後、とんこつラーメンの認知度は高まり「とんこつラーメン=九州」というイメージは日本全国に定着しました。その背景には、博多・長浜を中心とするお店が首都圏に進出し、「極細麺」、「替玉」、「バリカタ」等、それまで知られていなかった物珍しい食文化に反応したことに起因しています。そのような背景があった結果、九州ラーメンの発祥は「博多」と思われている人が多くいますが、九州ラーメン及びとんこつラーメンの発祥は同じ福岡県の「久留米」なのです。今回、私どもが紹介する「大砲ラーメン」はその久留米を代表するお店であり、久留米のみならず多くの九州在住の方々が「NO.1」と呼ぶお店です。

「大砲ラーメン」は今年創業56年を迎える老舗でありますが、これまであえて九州を出ずに地元に根付いた展開を行ってきました。そのため首都圏ではあまり知られていない存在ではありますが、地元久留米のみならず九州全域では誰もが知っている存在なのです。
実際のところ、九州在住の方々が投票するランキングにおいて1位を獲得するほどの人気度・知名度(写真参照)で、2位以下の店舗は首都圏でも人気を博しているお店であることを考えると、九州における「大砲ラーメン」の位置づけはおのずと想像がつくものです。
このことが「九州ラーメンの重鎮」の所以なのです。
そして今回その「大砲ラーメン」が56年の沈黙を破り、ついに新横浜ラーメン博物館に出店します。

大砲ラーメンの歴史は戦後の復興期となる昭和28年、初代 香月昇(かつきのぼる)さんが明治通り沿いに屋台を開業したことに始まります。屋号の「大砲ラーメン」は昇さんが「家を飛び出したら最後、二度と戻らない鉄砲玉のような人」だったことにちなみ、鉄砲では小さい、でっかく大砲にと、命名されました。
初日の売り上げはわずか18杯。初代は前日の売り上げを手に、熊本まで良質の豚骨を買い付けに出かけながら「とにかくいいスープを作りたい!」と毎日このことばかり考えていたようです。その一念で誕生したのが大砲ラーメンの代名詞となる「呼び戻しスープ」です。
その一方、二代目香月均(ひとし)さんは学生時代、家業を継ぐ意思がなく、グラフィックデザイナーと音楽活動というアーティストになる夢にむかって突き進んでいました。
しかし、昭和51年、先代夫婦が突然同時に倒れ、均さんは家業を継ぐことを決意したのです。



二代目 香月均さんは、平成元年、大砲ラーメンの代表取締役社長に就きました。均さんの代になり、大砲ラーメンはどんどん発展していきました。
しかし均さんはアーティストになる夢を諦めてまでラーメン職人になったのだからもっと何かできるのではないか?と常に考えていました。
平成9年に初代 昇さんが他界したことで、初代が戦後の低迷期にラーメンで希望を与えたのと同じように、「もしかしたらラーメンが再び久留米復興の原動力になってくれるかもしれない」、「自分たちラーメン店を育ててくれた久留米のまちに今こそ恩返しするときではないか」と思うようになり、全国初の「民・官・学」が一体となったまちおこし組織 「久留米・ラーメン ルネッサンス委員会」を立ち上げたのです。
そして1999年「ラーメンフェスタ in 久留米」が開催されました。このフェスタには市内のラーメン店7店舗と、県外の3店舗が協力し、2日間で延べ14万人のお客さんが訪れ、駅や周辺道路が大混雑するほどの盛況ぶりとなりました。その後もラーメンフェスタは毎年開催され(2004年まで)、第6回のラーメンフェスタの際には、均さんの想いに賛同した「すみれ」、「ちゃぶ屋」等の有名店21店が集結しました。
そして、この活動が認められ2004年「地域づくり総務大臣賞」を受賞しました。

大砲ラーメンには創業以来、営業終了後も空にしてこなかったスープ釜があります。
毎日、その釜の熟したスープに別の釜で作った新しいスープを少しずつ継ぎ足すことにで、より深いコクと旨みを出すという技法で、初代 昇さんが試行錯誤のうえ、生み出した技法です。濃厚でありながらもまろやかな口当たりの味。初代が作り上げた技法を二代目 均さんが「呼び戻し」と命名しました。
この技法はただ単に継ぎ足すのではなく、営業中にも常に新しいスープを継ぎ足すため、その分量や、季節や日によって調合が異なるために高い技術を要します。
均さん曰く「呼び戻しとは、積み上げられた歴史の味を今日に残すという意味で、勘と経験が物を言います。技術を身につけるまで最低でも3年の年月が必要です。」とのこと。
そして、半世紀経った現在もその釜のスープを絶やすことはありません。今回のラー博出店の際も釜から釜へ、店から店へと「スープ分け」を行うことで、創業当時から熟成され続けた「呼び戻しスープ」は引き継がれるのです。
「呼び戻しスープ」の「生みの親」は初代、「名付け親」は二代目そして「育ての親」はお客様なのです。



大砲ラーメンのとんこつスープは他の食材は一切使用せず、豚骨だけを用いています。この豚骨を強火で濁らせながら、長時間(創業以来、継ぎ足し仕込み《通称:呼び戻し》で半世紀)骨の髄までひたすら炊き続けたものです。そして味付の調味料は、味噌・醤油に頼らずに“塩”が基本になっているのも特徴のひとつです。
麺には国産小麦を独自にブレンドした大砲ラーメン専用粉を使用し、スープとの絡みを考え、低加水(麺に加える水の量が少なめ)のストレート細麺で、コシと滑らかさがあります。
久留米のラーメンの特徴と言われながら姿を消してしまったのが通称「カリカリ」で、手作りの昔ラードから生まれる豚脂の揚玉です。昔ラーメンのみに入っている具材です。
通常ラーメンに使用するメンマは「麻竹(まちく)」と呼ばれる中国や台湾産のものが一般的ですが、昔は「孟宗竹」と言う、いわゆる「竹の子」がラーメンに使われていました。昔ラーメンでは福岡県八女地方特産の竹の子を独自に調理し、メンマにはない食感と醤油風味のあっさり味で再現しました。

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